May 25, 2010
ウォーターサーバー比較が重要
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6日の平和記念式典には、全国42都道府県から原爆死没者の遺族代表が参列する。被爆者が高齢化する中、体験を語り継ぐ決意を新たにする人。福島第1原発事故を受け、もう「ヒバクシャ」をつくらないとの思いを募らせる人。参列を間近にした遺族らの思いを聞いた。【野上哲、藤顕一郎、村本聡】
◇被災地からも参列
式典では、遺族代表として祖母を原爆で亡くした中根しのぶさん(41)=安芸区=が「平和の鐘」を打つ。このほか、42都道府県から遺族各1人が代表して参列する(一部県は出席なし)。
東日本大震災の被災地からは岩手県釜石市の高橋洋子さん(59)が参列し、献花する。「原爆、原発、震災で被害に遭った人の思いをもって臨みたい」と話す。福島から来広する酒井浩三さん(54)=福島市=は「原発事故で苦しめられている。今こそ核について考えるべきだと考えた」と語る。
◇福島への思い
原発事故に苦しむ福島の人々へは、多くの遺族が思いを寄せている。
爆心から1・7キロで被爆し、家族4人を亡くした吉井潤子さん(72)=千葉市=は「放射能は目に見えないから怖い。身をもって分かる」。母と共に被爆した金田宏子さん(67)=新潟市=は「母や私のような『ヒバクシャ』がまた生まれている。ゆゆしき事態だ。原発のない世の中に」と訴える。一方、爆心900メートルで被爆して孤児となり、戦後はカウンセラーなどとして働く飯田國彦さん(69)=富山市=は「諦めない限り、必ず復興できる」と励ましの言葉を送る。
◇語り継ぐ決意
被爆者の平均年齢は77歳を超え、大きな課題が被爆体験の継承だ。今年の平和宣言には初めて公募による体験談が引用される。
入市被爆した城戸真子さん(82)=福岡県=は地元の小中学生に体験を伝えてきた。「子供たちの感想を読むと真剣に聞いてくれている。語り継いでいかなければ」。同じく証言活動を続けている遠山睦子さん(69)=山梨県=も「私の人生を通して命の尊さを伝えたい」と話す。
柴山千寿江さん(59)=熊本市=の亡父は生前、多くを語らなかった。昨年初めて原爆ドームなどを訪れた柴山さんは「この下に骨が残っていると聞き、動けなくなった」といい、重みを改めてかみしめる。遺族代表では最年少で、祖母が被爆した馬場達也さん(21)=長崎県=は「戦争を知らない世代だが、少しでも被爆者の思いや戦争の恐ろしさを伝えていきたい」と決意を新たにしている。
8月5日朝刊
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原爆資料館(中区)で開催中の企画展「生きる−1945・8・6その日からの私」で紹介されているフリーライターの関千枝子さん(79)=東京都=が4日、同展を訪れた。関さんは「生き残った者が一生懸命生きてきた結果が、平和や核廃絶の実現につながれば」と語った。
関さんは県立広島第二高等女学校2年だった13歳で被爆。体調不良で学校を休んでいたため助かったが、屋外で学徒動員作業中だった同じ組の同級生38人を失った。毎日新聞記者を経て85年、同級生の悲劇や遺族らの苦悩を追った「広島第二県女二年西組」(筑摩書房)を出版した。
会場では、その初版本や作業現場に建てられた慰霊碑の写真などを並べ、関さんの活動を伝える。関さんは「当時10代だった私たちが原爆を語る最後の世代という自覚もあり、書き残すことや慰霊碑の案内役など、できることは全てやっていきたい」と話した。
同展は他に、平和ポスターを制作したデザイナーの片岡脩さん、原爆被災写真の整理保存に注力した松重美人さんらの被爆後の人生に焦点を当てている。12月14日まで。無料。【馬渕晶子】
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被爆体験を聞いて感じたことを、次回の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が開かれる15年に届く手紙に書くイベントが4日、中区の広島市まちづくり市民交流プラザで開かれた=写真。被爆体験を未来につなげようと、日本生協連・県生協連が共催した。
5歳で被爆し、両親を原爆症と思われる病気で亡くした安佐南区の米田進さん(71)が「母は原爆投下から29年たって、高熱や体中の出血に『痛い痛い』と言いながら死んだ」などと話し、内部被ばくの恐ろしさを訴えた。「聞いた話を人に伝えてもらうことが世界平和につながる」と呼びかけた。
全国から28人が参加。息子や自分など思い思いの相手に宛て、「平和のありがたさに改めて感謝しよう」などと書いたはがきを出した。鳥取県米子市の小学5年、服部悠生君(11)は「原爆のことを忘れないようにと4年後の自分に書いた」と話した。【村瀬優子】
8月5日朝刊
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