Feb 26, 2011

ガラスの修理終わってよかった

小さい子供がいる。遊ぶ愛で悪をすぐに覚えていく。窓ガラスのおもちゃ叩くのが好き、何度注意してもやめてくれない。そんな時、窓ガラスが割れた。ガラスの修理終わってよかった。ガラスの破片はどこに飛ぶことができる。子供の身体や顔に飛んで出てこないでよかった。瞬間だが、顔から血の気が引いた。ガラスの修理終わってよかった。
家電もパソコンも新しいものは機能も能力も高く、良いことですね。そしてそれは、鍵にも適用することで、地味だが、新しい鍵は、非常にセキュリティ能力が高く、信頼性の高いものへと進化しています。次に、キーの交換にも魅力的ですね。鍵交換を利用して自分の大事なものを守るためのセキュリティ対策を万全としたいものですね。
 ◆報知新聞社後援 ワールドプレミアムボクシング ▽WBC世界バンタム級王座決定戦 ○山中慎介(TKO 11回1分28秒)クリスチャン・エスキベル●(6日、東京・代々木競技場第二体育館) ニューヒーローが誕生した―。WBC世界バンタム級王座決定戦は、同級3位の山中慎介(29)=帝拳=が同級2位クリスチャン・エスキベル(26)=メキシコ=に11回1分28秒TKO勝ち。同門のV7王者“西岡利晃2世”の呼び声高い強打のサウスポーが、念願の世界王座を獲得した。WBC世界スーパーフェザー級王者の粟生隆寛(27)=帝拳=は2―1の判定でV2に成功。国内ジム所属の男子現役世界王者は史上最多の8人になった。

 ねじ伏せた。最後は山中の左が火を噴いた。11回、戦意を喪失しかけていたエスキベルを追い詰めて放った左が、右目下にヒット。こらえきれず背中を見せた相手に、猛攻をしかけるとレフェリーが試合を止めた。9連続KOでの王座獲得。ベルトを手にした山中は「中学の時からの夢。ここにあるのが不思議だけど、本当にうれしい」。高い声をさらに上ずらせ、喜びにひたった。

 ハプニングにも冷静だった。11回開始直後に会場が停電。再開まで約3分を要したが、驚くほどに落ち着いていた。「相手がコーナーに座り込んでいたので、(ダメージが)回復しないか心配だった」。騒然とする場内で、相手をしっかり観察。最後は狙いすました左でマットに沈めた。

 強烈な左ストレートで終始ペースをつかんでいた。6回にダウンを奪った後、仕留めに行った7回には逆にカウンターでダウンを喫したが、決して焦らなかった。「ダウンしてから、気をつけすぎてしまった」と反省したほど。初の世界戦とは思えないくらい、冷静だった。

 デビューから5年、無敗で頂点まで駆け上がった。今や“西岡2世”と呼ばれるようになったサウスポー。両者のミットを持つ田中繊大トレーナー(39)が「キレは西岡、破壊力は山中」とV7王者にひけを取らないパンチ力に舌を巻けば、西岡も「ミット打ちの音を聞けば(パンチの強さが)わかる」と認めている。

 このレフティーの生みの親は、南京都高時代の恩師、ボクシング部顧問の武元前川(たけもと・まえかわ)さんだ。本来は右利きだったが、左右のバランスが悪かったことでフォームを矯正された。「右でも自信はあったけど、オーソドックスだったら今みたいな選手になれなかった。先生がいたからこそ今がある」と山中は感謝の言葉を並べる。

 そんな恩師にベルトを見せることはできない。昨年2月に50歳の若さで急死したのだ。葬儀の際、遺影の前で「恩に報いる。結果を残す」と誓った。またトランクスには2009年3月に試合中の事故で亡くなった、ジムの先輩・辻昌建さん(享年30歳)の名前も縫い込んである。「武元先生と辻さんの墓前に報告に行きたいと思います」。さまざまな思いを力に変えて、頂点に立った。

 辰吉丈一郎や長谷川穂積が巻いた、伝統のWBCバンタムの緑のベルトを日本に取り戻した。「このタイトルに恥じないくらい、迫力あるボクシングをしていきたい」。円熟期を迎えた29歳が、新たな伝説を作っていく。

 ◆山中 慎介(やまなか しんすけ)1982年10月11日、滋賀・湖南市生まれ。29歳。
▽経歴 中学まで野球部。97年の辰吉丈一郎―シリモンコン戦(WBC世界バンタム級タイトルマッチ)を見たことがきっかけで、ボクシングを始めた。南京都高3年時には国体で習志野高の粟生を破り優勝。専大では主将を務めた。
▽プロでは 06年1月、プロデビュー。昨年6月、安田幹男を破り日本バンタム級王座を獲得。日本王者になるまではラーメン店でアルバイトをしていた。戦績は15勝(11KO)2分。
▽サイズ、タイプ 身長170センチの左ボクサーファイター。
▽アナログ派? 帝拳ジムの王者クラスはほとんどがブログを開設しているが、山中は立ち上げておらず、理由は「めんどくさいから」。それでも世界王者になったのを機に「始めるかも」。

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 ◆報知新聞社後援 ワールドプレミアムボクシング ▽WBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチ ○粟生隆寛(判定 2─1)デビス・ボスキエロ●(6日、東京・代々木競技場第二体育館) WBC世界スーパーフェザー級王者の粟生隆寛(27)=帝拳=が薄氷でV2を達成した。挑戦者の同級8位デビス・ボスキエロ(30)=イタリア=の堅いガードに最後まで苦しめられたが、ねばり強く攻め2―1で判定勝ちした。WBC世界フライ級指名挑戦者決定戦は、同級2位の五十嵐俊幸(27)=帝拳=が3―0の判定勝ちを収め、世界挑戦権を獲得した。

 首の皮一枚残った。終了のゴングが鳴り、勝利を確信し両拳を突き上げるボスキエロに粟生は背を向けて赤コーナーに戻った。2―1の判定勝ち。「勝ったことが唯一の救い。ボクシングはいいところがなかった」。虎の子のベルトは守った。

 8回の公開採点でリードを許したボスキエロの猛攻に遭った。ロープを背負った王者は強打をかわそうと必死に身をよじる。いつになくクリンチも繰り返した。ラスト4回はジャッジ2人が挑戦者にポイントを与えた。

 王者の宿命だ。「研究されていた」。高くガードを固め、体ごと突っ込んでくるボスキエロに間合いをつぶされた。「しっかり打ってガードを崩そうと思った」と打撃戦を挑んだが、体を密着させる肉弾戦に巻き込まれ、スタミナを消耗。伝家の宝刀の左カウンターもくすんだ。

 試合後、帝拳ジムの本田明彦会長(64)から「全然足が動いてない」と叱責された。10キロ以上の減量を余儀なくされる粟生はV2戦に向け、病院を経営する後援会会長の計らいで4月から医師によるメディカルチェックを受け始めた。試合が決まった8月以降は定期的に血液や内臓、視力の状態をチェックしコンディション作りに役立てた。

 さらに夏から栄養士の指導で4種のサプリメントで栄養補給を心がけた。「練習翌日の疲労の残り方が違う」。減量も順調だったが、試合当日はリミットの58・9キロから5・5キロ増えただけ。KO勝利を飾った4月の初防衛戦時より1・5キロ少なかった。新たな試みが完全に成功したとは言い難かった。

 ダブル世界戦で初のメーンを飾った。セミファイナルで同門の山中がTKO勝利で世界王座を獲得する最高の“バトン”を受けた。「いい流れをそのままにしたかった」と唇をかんだ。

 「こんな形だが、何とか次がある」。フェザー級王者時代は成し得なかったV2成功。死に狂いでくる挑戦者を真正面から受け止め、多くを学んだ。

 ◆粟生 隆寛(あおう・たかひろ)1984年4月6日、千葉市生まれ。27歳。習志野高で高校6冠を達成。卒業後に帝拳ジムに入門し03年9月プロデビュー。07年3月に日本王座を獲得。08年10月に世界初挑戦もラリオス(メキシコ)に判定負け。09年3月の再戦でWBC世界フェザー級王座奪取。同7月の初防衛戦で王座陥落。10年11月に王者タイベルト(ドイツ)を判定で下し、2階級制覇に成功。戦績は22勝(10KO)2敗1分け。身長170センチの左ボクサー。

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